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夕暮 [勝野睦人遺稿詩集]




   夕暮


 とっくのもう昔に、君も僕も忘れちゃった映画の、煙草の脂臭い

フィルムの色で、夕闇は木々の梢を染め終えた。(意地張りの楓も

従順だったし、茱萸(ぐみ)の子も案外素直だった)そこで、一服している

雲がある。彼奴(あいつ)は今朝太平洋を渡って来た、酒と放浪癖の強い奴だ。



何しろ連日の日照り続きで、ごらん、茅蜩が、神経衰弱に罹った。

KIKIKIと歯軋りながら(まるでコップの底でも磨合わせるよ

うに)、パラフィンの羽根を揉みしだいている。

 雨戸の陰には蜘蛛の巣が、スタンドの笠ほどもある、巨大な漏斗(ロート)

をぶら下げてーーあれでね、お月様を漉(こ)す気なんだ。悪事が露見す

るといけないから。

 だがもうそろそろ、ペンキ屋達の訪問時刻ーー酸漿(ほおずき)を乗せた露台

の下に、先刻(さっき)から蛾蝶のように群がっていた、あの「闇」達の舞立

つ時刻だ、風鈴がカスタネットを打つ宵は、僕等のアパートの大屋

根だけ、特別にセルリアン・ブルーを引いてくれるよ。

 そうすると僕よりお母様が夢中で、金魚の尻尾のようにひらひら

する、わざとだぶついたパジャマを召され、家鴨のサンダルを履い

て出てこられる。

 お隣の病人の窓縁(まどべり)から、火星人(マーシャン)の眼に星を並べる。

 ーー夕暮は、僕等の生活の幕切れ時だ。



 そうやって、君は、じっとしてい給え。

(夜風が新調のレースをすっかり汚してしまうまで)そうやって、

僕には内証(ないしょ)のことを考えて給え……












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