河野澄子あて 31・12・19 [勝野睦人書簡集]
(河野澄子あて)
ゆうべこちらにつきました。駅の構内を出ると外は粉雪でした。
小さなタクシーをひろいました。家にはだれも居ませんでした。い
まやけに火のあつい炬燵にもぐって、このはがきをしたためており
ます。
飯田市は、山と山との間に、落想のように書きおとされた町で
す。どの家々の棟も直接空には続かず、黒い山脈にさえぎられてい
ます。だからみすぼらしい景物がよけいみすぼらしくみえます。や
ぶれた障子、くちた土塀、軒先にくろずんでいるたくさんの干柿。
雑貨屋の赤いのれん、紡績工場のかしいだ煙突、そうして町はずれ
にある小さな夜泣き石の祠。頬のあかい少女、熊の子のような少年
達。ーーみんなみんなとてもみすぼらしくみえます。みんな同じも
のから生れでたようにみえます。こういう風景を眺めていると、だ
からたったひとつの言葉さえみつけだせれば、一切が言いあらわせ
てしまいそうに思える。ーー本当に不思議なものです。では、みな
さんによろしく
31・12・19
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