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マヌキャンによせて [勝野睦人遺稿詩集]



   マヌキャンによせて


夕暮の飾り窓の放心の底で

いっそうの放心を装おうとして おまえは

顔や手足をうす闇に溶かした

腰からしたを脱ぎすてて

おびただしいプラタナスの落葉で埋めてしまった

透きとおったおまえの腹のなかでは

行人の靴音があわただしいが

おまえの依怙地な胸だけは

ついにその 黒い影を外界にそそぎだすことができない

黄昏のかさなる招待のまえにも

だから かたくなにたちつくすばかりだ

口籠った なにかのひところのように



おまえが わたし達から盗んだものは

わたし達の肩先やこころをながれる

とりわけわびしげな曲線だった

そのためだ わたし達おのおのの影より

いっそうおまえが人影に似るのはーー

ときとして

秋空に浮かぶ一片の雲は

すべての雲に似ているものだ

おまえもそのような形でわたし達を真似る



わたしは いつからか気づいている

とざされた わたしの胸の底にも

場末のちいさな坂があり

その角に 仕立屋の出窓が傾いているのを

窓を透かした暗闇に

おまえに似た ひとつの哀しみがたちつくしているのを

   いやむしろ 「哀しみ」の塑像の

   最初の拙(つたな)い習作のような感情

   顔も手もまだ目覚めぬままにうち捨てられた土塊(つちくれ)……

そして おまえを見かける時

その影と おまえの影とがかさなりあうのだ

丁度一枚硝子戸を挟んで

ふたつの景色が呼びあうように



夕暮の飾り窓の放心の底に

たたずんでいる 人体模型(マヌキャン)の影よ

やがておまえの背後では

裸電球の眼が充血してゆき

ひやけした ラシャの服地にもつもるだろう

その無償の「凝視」が あまたの時間がーー










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