冬 [勝野睦人遺稿詩集]
冬
ニッケル銭の月が、ついさっき、欅(けやき)のどこか、遠い梢に凍りつき、
もう下りてこれなくなった。国境を越え派遣された、入念な凩(こがらし)の一
群は、森や林を、一々点検して歩く。茱萸(ぐみ)の子の、凍(こご)えきった指先
まで、粉雪のチョークで印をつける。(あれが、冬のトレイド・マ
ークだって誰かがいってた)
昨日(きのう)の夕焼けは、山の波に、黄なくしみついただけだった。一昨日(おととい)
の、久しぶりの星夜は、まるで電球のコップのかけらを、空一面散
らかしたみたいだった。君と僕との幸福も、こうやって、小さな屋
根の下ーー囲炉(いろり)のぐるりに嵌込まれたっきりだ。四、五冊の、手垢
に萎えた童話の本と茹(ゆで)卵と、宿題と一緒に……
突然、思い返してはばたいては、またすぐ諦めてしまう焔の上に、
かわるがわる、そっと翳(かざ)してみせる、僕等の愛と、それから皹(ひび)だら
けの手……だが、もう、二人の会話は、すっかりすり切れてしまっ
た(丁度、着古したマントのように)君も、僕も、繕うすべもない
程……
うす暗い、お互いの心の隅へ、ときおり、肌寒い沈黙が、隙間風
のように忍びこんでくるのを、僕等は、ただ、じっと見ているーー
深い、深い吐息と一緒に、まっ白な蒸気の輪を吹いて、思案に暮れ
た大人がふかす、あの、葉巻の真似なぞしてみせながら……
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