錆びた恋歌 [勝野睦人遺稿詩集]
錆びた恋歌
君と僕とで交しあった、ほら、あの小さな「恋」のかけら――あ
れは、今もこうして、幾分だぶつく僕のズボンの、ポケットの底に
転がっている。
使いふるしたニッケルの小銭が、青錆びた真鍮のメタルのように、
触わると幾分ひんやりするし、真中に、穴のあいてるのもよくわか
る――けれども、いよいよ、
向う見ずな僕の人生が、有余る幸福を使い果たして、無一文となり
果てた折、
寒空をからっ風のように吹きすぎる。一筋の「愛」を捕えあぐね
て、僕の心がかじかんでいる折――ふしょうぶしょう、
そっと、こいつを、握りしめてみるよりほか、すべもないのだ。
ズボンがささくれてしまったら、(もう、君は罌(かが)ってくれる筈も
ないから)チャリンと鳴って、こいつは地面に滑り落ちよう。
そうして、行きずりの男の掌で、表がでるかあるいは…….心許な
い僕の記憶が、あわててごそごそ探る頃には、ポケットの底は、塵
紙の山とそれから、自転車の鍵ばかり……
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