福沢隆之あて 32・2・13 [勝野睦人書簡集]
今、日暮里のガード下の、ちいさな喫茶店に入っています。名前
は「らめーる」。シャンソンが細々とかかっています。時折省線の
通る音がそれをかきけし、トーフ屋のラッパが翻弄します。もとも
と、喫茶店という奴は一種の「虚構」で、そこに楽しみもあり退屈
もあるのに、ここは現実を遮断しきれず、半分だけはうけ入れてい
るようです。丁度一枚のガラス戸に、室内と戸外の景色がうつるよ
うに、ここでは雰囲気がダブっています。だから部屋隅のシュロの
鉢も、壁からつき出している髭だらけのランプも、嘘をつきそこな
った子供のように、大変口惜しそうです。でもそんな中途半端なと
ころが、かえって洒脱で、僕の気持にはうってつけです。冷えたコ
ーヒーを前にして、ここに小一時間も居すわっていたら、なにか、
奇抜な「存在論」でも書けるかもしれない。そんな気もします。で
は
あしたは美学概論の試験、あさっては教育原理のレポート提出日
ーー考えると少々陰ウツになります。
△暗いところで書いたので、乱筆悪しからず。 △それから君の
ことを何にもきかないなんて、ひどいはがきですね。この次、ちゃ
んとしたのを書きます。 お体を大切に
32・2・13
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