栗原節子あて 32・2・13 [勝野睦人書簡集]
(栗原節子あて)
今明け方の四時半頃です。日課がメチャメチャにあれています。
僕には「習慣」というものがつかないらしい。これは恐ろしいことで
す。
ところでその後お元気ですか。鵠沼の春先はいかがです。ここへ
きて僕は部屋の中ばかりに閉じこもっているので、季節からおきざ
りにされたようです。でも、何か思い出せそうでいて思い出せない
気持ーーあの春先特有の気持にはふとおそわれますが……。
昨夜「純白の幸福」を読んでみました。リルケの短編小説集で
す。「墓掘り」とか「最後の人々」とかは立派なものです。でも星
華派的すぎてへこたれるのもあります。初期の作品集だから仕方あ
りません。まあ小説の方はともかくとして、彼の詩は僕には絶対的
です。彼は何もかも「視て」しまう人です。音楽さえも「視て」し
まいます。例えばこんな具合にね。
私たちの/消えてゆく心の方向のうえに/垂直に立っている時
間よ……
それから「沈黙」するということの重要性を、僕は彼に教わりま
した。「沈黙」は壺のようなものです。「言葉」はその破片でなけ
ればならない。僕達の手に「沈黙」が重くなって、思わずそれをと
り落した時、「言葉」はうまれる。それが詩になる本当の「言葉」
だ……。そんな風に僕は考えています。
もしお暇があったら、一度遊びにいらっしゃいませんか。今月の
二十三日まではこちらにいます。その間だったらいつでも結構。お
待ちしています。では
32・2・13
2015-05-08 19:06
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