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部屋 [勝野睦人遺稿詩集]




     部屋


ふかい眠りにおちいってしまうと

かれはちいさい部屋になるのだ

時間は粉雪のようにその回りをさまよい

ときよりとざされた小窓を叩く

丁度ひとりの友人が

ふとかれの肩に手でもかけるように……

すると 静まりかえっていたかたのなかで

誰かが寝がえりを打つけはいがきこえる

裸電灯の眼が一瞬しばたき

食卓に据えた灰皿から吸いさしがころがる

ーーそのように かれの眠りの底へも

なにかがころげおちてゆく物音がきこえる……



やがておもい扉が軋み

ひとりの男があらわれる

くろい外套を羽織った顔のない男が

そうして ああ かれにつづいて

無数の人影が戸口にたつのだ

鍔のひろい帽子をかぶり 紙屑や木の葉をまとって



それからなにがなされるのか

とおく柱時計の咳がきこえる

いまかれの意識を

踏みつけて通りすぎて行くおぼただしい靴音

テーブルがはげしくゆさぶられ

追憶が契約のようにとりかわされる

おおきな状差の影が壁からぬすまれ

しきりに封書が読みかわされ

床が鳴り 地球儀がまわり

あちこちで沈黙が皿のように砕ける



ときとして だが母親は耳にする

息子の夢のなかのなにかあわただしいけはいをーー

彼女はとぼしい明りを手にして

ながい階段をのぼってくるが

かれはひっそりとしたやはりひとつの部屋だ

そのかたすみに

ちいさな夢の鍵穴をみつけて

そっと彼女はのぞきこむ

そうして いま

かれの眠りの一角に

赤いランプの火が揺れているのを見ると

安堵の踵をかえしてゆくのだ



        ☆



翌朝はやくかれは目覚める

すると かれのこころの底に

数枚の木の葉がちっている

いぶかしそうにかれはそれを手にして

その日も 学校へ出かけてゆく













タグ:部屋
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