岡田芳郎あて 一・二八 (その1) [勝野睦人書簡集]
お便りをお便りをと思っているのに、なかなかペンをとる暇がみ
つかりません。ときおりとおいひととお喋りがしたくなっても、言
葉がいうことをきかないのです。結局、だれにも出せないような手
紙がうまれてしまう……。
今、リルケにとりつかれています、日本人の詩はだれも読む気に
なれず、高野喜久雄と安西均とをわずかに覗く程度。田村隆一なん
か思い出すのもいやです。
以前に僕が知っていたのは、リルケの詩の方法だけなのだという
気がします。今は、もっとちがったものが、僕の眼の前にひらけて
きました。彼のいうコレスポンダンスの意味がやっと解けたようで
す。そして彼の神様というのも。一旦彼の世界に立入ってしまうと
僕自身の内部が急に塗りかえられたように思われ、とてもじっとし
ていられません。はやくはやく信州へかえって、春先の山にでもの
ぼってみたい。「自然」とか「大地」とかいう言葉の意味を、本当
の感動でみたしてみたい。そして人間と樹木とが、どんなにちがい
またどんなに似通っているかを、たしかめてみたいーーそんな気が
します。
彼の詩ーーギリシャ神話ーーボンベイの壁画ーーフォーゲラーの
絵ーーそしてまた彼の詩。そんなあかるい連想の輪のまわりを、僕
の毎日がかけめぐっているようなのです。でもその中心には、何が
仕掛けられてあるのかまだわかりません。
以下、その2へ続きます。
便宜上、わけさせてもらいました。
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