岡田芳郎あて 32・3・24 [勝野睦人書簡集]
(岡田芳郎あて)
三日にこちらに帰ってきました。朝からアトリエに籠って絵を描
いているーーといいたいところですが、実は何もしていません。ぼ
んやり外の景色ばかり眺めています。南信は丘陵の多い地方です
が、僕の窓からもいくつか見えます。それらの中腹には墓地があ
り、南側の斜面は多く桑畑のようです。墓地といっても、ただ竹藪
の陰に、五つ六つの石塔を並べただけのものです。時として夕日を
浴びたりすると、それが遠くから光ります。白い、獣の歯並のよう
です。桑畑はひどく殺風景です。曇天の日も、晴れた日も、無気力
な灰色に被われています。けれども、傍まで行ってみると、桑の枝
は一本一本、針のように空に突き立っています。それを見るたびに
僕が思い出すのは、「枯草の中の針」、「麦藁」という二つの言葉で
す。これはある分裂症の少女の洩らした苦痛の象徴語ですが、この
桑の木の枝も、もっと比喩的な意味で、彼女達のような人々の苦痛
を物語ってはいないでしょうか。今、狂女をテーマにした詩を書い
ています。どうせ僕は常識人ですから、成功する筈はありません
が。
[×] [×]
又、いつかお行き合いできる日を楽しみにしております。上京は
来月の八日頃になる見込みです。では
<追> 合評報告はいかがでしたか。
32・3・24
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